「色彩の魔術師」と呼ばれた巨匠、アンリ・マティス。彼の名前を聞いて、多くの人が思い浮かべるのは、鮮やかな色彩とシンプルで力強いフォルムの「切り絵」ではないでしょうか。
こんにちは、切り絵作家コージーです。

私は切り絵作家として10年以上の経験があり、動物や植物、季節の行事をテーマにした温かみのある作品を日々制作しています。
一見すると、子供の工作のようにも見えるその作品群。
しかし、そこには画家人生の最後にたどり着いた「究極の単純化」と、計算し尽くされた高度な技術が隠されています。
なぜマティスは筆を置き、ハサミを手にしたのか?
そして、現代のクリエイターや私たちにどのような影響を与え続けているのか?
この記事では、マティスの切り絵が生まれた背景から、代表作の解説、そして現役の切り絵作家視点で読み解く「技術的な凄み」までを徹底解説します。
美術館で作品を前にしたとき、今までとは全く違う感動が得られるようになるはずです。
目次
マティスの切り絵はなぜ生まれた?晩年の劇的な転機
マティスが本格的に切り絵(彼自身は「切り紙絵」と呼びました)の制作を始めたのは、70代になってからのことでした。
決して「新しい趣味」として始めたわけではありません。
そこには、画家としての生命を脅かす大きな転機がありました。
運命を変えた1941年の手術と車椅子生活
1941年、72歳のマティスは十二指腸がんの手術を受けます。手術は成功しましたが、体力の低下により、これまでのようにイーゼルに向かって油絵を描くことが困難になりました。
一日の大半をベッドや車椅子で過ごすことを余儀なくされた彼が、それでも創作への情熱を燃やし続け、たどり着いた手法。
それが、助手に色を塗らせた紙をハサミで切り抜く「グアッシュ・デクペ(切り紙絵)」だったのです。

絵筆をハサミに持ち替えた「ハサミで描く」という発明
マティスはこの手法を「ハサミでデッサンする」と表現しました。
通常、絵画は「輪郭線を描いてから、色を塗る」という工程を踏みます。しかし、切り絵においては「色そのものを切る」ことになります。
つまり、色彩と輪郭線(デッサン)が同時に生成されるのです。これは美術史上、非常に画期的な発明でした。

作家としての共感・考察
私自身も制作にはカッターを使いますが、筆のように自由が利かないこの「不自由さ」を、逆に利用して武器にしています。
その過程で、筆では描けない鋭いラインや、不思議な立体感が生まれるのです。
マティスが不自由な体から「ハサミ」という表現を見出したように、制約こそが新しい美を生む源泉なのだと、作家として強く共感します。

色彩とデッサンの対立を解消した革新性
画家たちは長年、「色」と「線」のバランスに悩んできました。
色が強すぎれば線が消え、線が強すぎれば色が死ぬ。
しかし、マティスの切り絵はこの長年の課題を一挙に解決しました。
ハサミが紙に入った瞬間、そこには形(線)と色(面)が同時に生まれるからです。
彼にとって切り絵は、余生の手慰みではなく、画業の集大成としての「解決策」だったのです。

絶対に知っておくべきマティスの切り絵代表作4選

マティスの代表的な切り絵について解説するよ。
マティスの切り絵作品は膨大ですが、まずはこの4つを押さえておけば間違いありません。
それぞれの作品が持つ意味と特徴を解説します。
リズムと即興性の融合『ジャズ(Jazz)』と「イカロス」
1947年に出版された挿絵本『ジャズ』は、マティス切り絵の記念碑的作品です。
タイトル通り、即興演奏のようなリズム感と鮮やかな色彩が特徴。
中でも有名な「イカロス」は、空を飛ぶ夢と墜落の物語を、極限までシンプルな形で表現しています。

究極まで単純化された美『ブルー・ヌード』シリーズ
単色の青い紙を切り抜いて作られた女性像のシリーズです。
身体のパーツをバラバラに切り離し、白い台紙の上に再構成しています。
紙と紙の間に生まれる「余白」が、立体的なボリュームを感じさせる傑作です。

抽象表現への到達点『かたつむり』と大型装飾
晩年になるにつれ、作品はより抽象的かつ巨大化していきます。『かたつむり』は、色とりどりの四角い紙が渦巻き状に配置された作品。
具体的な形を描写するのではなく、色の配置だけで動きやエネルギーを表現しています。

キャリアの集大成としての空間芸術「ヴァンスのロザリオ礼拝堂」
マティス自身が「私の傑作」と呼んだのが、南仏ヴァンスにあるロザリオ礼拝堂です。
ステンドグラス、壁画、祭服に至るまで、すべてをマティスがデザインしました。
切り絵のデザインが光を通すステンドグラスとなり、空間全体を「色」で満たす、まさに没入型のアート体験です。

\マティスのような光のアートを体験/
もし「自分もこんな光のアートを作ってみたい」と思ったら、身近な材料で作れる「ステンドグラス風切り絵」に挑戦してみませんか?
【現役作家の視点:『イカロス』の凄み】
この4選の中で、私が特に衝撃を受けたのは『ジャズ』に収録されている「イカロス」です。
この作品は、たった4色で構成されているにもかかわらず、見る者に強烈な印象を残します。
特に注目していただきたいのが、画面の中心に「黒」を大胆に配置している点です。
切り絵において、黒は輪郭や影として使うことが多いのですが、マティスは黒を主役として扱いながら、周囲の鮮やかな青や黄色を引き立てています。
私自身、制作の中で「黒をどう効果的に使うか」を常に意識しているため、この大胆かつ計算された配色は、何度見ても勉強になります。
【独自考察】現役作家が読み解くマティス作品の「技術的な凄さ」

調べれば調べるほどマティスの凄さがわかったよ。
「これなら自分にも作れそう」と思ったことはありませんか?
実はそれこそが、マティスの凄みなのです。
現役の切り絵作家の視点から見ると、彼の作品には恐ろしいほどの技術と計算が隠されています。

迷いのない「曲線」を生み出すハンドリング技術
マティスの切り絵の最大の特徴は、流れるような有機的な曲線です。
ハサミという道具は、カッターと違って「紙を回しながら」切る必要があります。
あの大きさの紙を、迷いなく滑らかに切るには、卓越した身体感覚が必要です。
下書きの跡を感じさせない、一筆書きのようなラインは、数千枚のデッサンを重ねた画家の確かな技術があってこそ成立しています。

絶妙な「余白」と配置のバランス感覚
マティスの制作風景の写真を見ると、壁一面に無数のピン(画鋲)が刺さっているのが分かります。
彼は切り抜いた形をすぐに糊付けせず、何度もピンで留め直し、ミリ単位で配置を調整していました。
形そのものと同じくらい、「形と形の間にある余白」を重要視していたのです。
あの心地よいリズム感は、偶然ではなく、執拗なまでの調整の結果です。

子供の工作とは一線を画す「色のエネルギー」
マティスは市販の色紙を使いませんでした。
アシスタントに不透明水彩絵具(グアッシュ)を塗らせた、特製の紙を使用しています。
これにより、筆跡のニュアンスや、求めていた「完璧な彩度」を実現しました。
単なる色紙の切り貼りではなく、あくまで「絵画」としての物質感を持っている点が、作品に重厚感を与えています。

コージーのマティスに触れた体験談
実は私自身、現在50代ですが、20代の頃にマティスが創作活動を行った南仏のコリウールに滞在して絵を描いていたことがあります。
もちろんマティスになれるわけではありませんが、海辺の街の強烈な光を浴びながら描いているうちに、まるで自分もマティスになったような、高揚した嬉しい気持ちになったことを鮮明に覚えています。



彼の作品から感じる圧倒的な「明るさ」は、あの場所の光そのものなのだと実感しました。

マティスの制作スタイルと現代への影響

マティスの作品は今でも大きな影響力があるね。
アシスタントとの協働作業による制作プロセス
晩年のマティスは、リディア・デレクトルスカヤをはじめとするアシスタントたちの協力なしには制作できませんでした。
マティスが指示を出し、アシスタントが色を塗り、高い位置にピンで留める。まるで映画監督のように空間全体を指揮して作品を作り上げました。
まさに、自らのビジョンを他者に託して形にする、優れた「アートプロデューサー」であり、「ディレクター」でもあったと言えるでしょう。

現代デザインやグラフィックアートへの継承
マティスの切り絵における「単純化されたフォルム」と「原色の構成」は、後のグラフィックデザインに多大な影響を与えました。
例えば、世界中で愛されるうさぎのキャラクター「ミッフィー」の作者ディック・ブルーナも、マティスから強い影響を受けた一人です。
不要な線を削ぎ落とし、本質だけを残すデザイン思考は、現代のロゴやWebデザインにも通じています。
私コージーもまた、彼のスタイリッシュな色使いや、極限まで洗練された線の表現から、多大な影響を受けた一人です。

現代への応用・提案
切り絵において、余白のバランスは非常に重要です。
余白を単なる「何もない場所」とするのではなく、そこにある紙の質感をどう活かすか。
マティスの作品を見ていると、その「残された空間」さえも計算されていることがよく分かります。 皆
さんが部屋に絵を飾ったり、写真を撮ったりする際も、この「余白」を意識的に広めに取ってみてください。
それだけで、空間に心地よいリズムと洗練された雰囲気が生まれるはずです。
マティスの作品は、そうした「余白の美学」を学ぶための最高の教科書と言えるでしょう。

「色彩」のマティスと「光」の藤城清治
マティスが「色彩の魔術師」なら、日本の切り絵界には「光と影の魔術師」がいます。
カミソリ1本で幻想的な世界を作る藤城清治氏の作品も、マティスとは違った「切り絵の到達点」として必見です。
マティスの切り絵作品を鑑賞できる場所・美術館

マティスの作品を観に行ってみたいなぁ。
フランス:ニース・マティス美術館とポンピドゥー・センター
マティスの切り絵を深く知るなら、彼が晩年を過ごしたニースの「マティス美術館」は聖地です。

また、パリの「ポンピドゥー・センター(国立近代美術館)」にも多数の重要作品が収蔵されています。

日本国内で作品を所蔵している主な美術館

日本で鑑賞できるマティスの作品が展示されているよ。
日本でもマティスの作品を見ることができます。
ポーラ美術館(箱根)
『リュート』などの名作を所蔵。

箱根の深い森の中に佇むロケーションは、行くだけでワクワクします。
鑑賞後はミュージアムショップも必見。
ポストカードや複製画などマティスグッズが充実しており、お土産選びも楽しみのひとつです。

大原美術館(倉敷)
娘の肖像画など、油彩と合わせて楽しめます。


※展示内容は時期によって変わるため、訪問前に必ず公式サイトを確認してください。
鑑賞のアドバイス
マティスを見る際は、ぜひ「切り絵以外の作品」にも注目してみてください。
特に油彩画においても、マティスは「色の面の置き方」や「コントラスト」を非常に意識しています。
まるで切り絵を作るかのように色を配置しているのです。
「もしこれを切り絵にするなら、どう切るだろう?」という視点で眺めてみると、作品のバランス感覚やリズムがより深く理解でき、ご自身の創作や鑑賞の楽しみ方が一気に広がりますよ。

アートをもっと楽しむ!作家おすすめの美術館
ここではマティスが見られる美術館を紹介しましたが、私コージーが実際に訪れて感動した美術館は他にもたくさんあります。
アート巡りをより楽しみたい方は、こちらの記事も参考にしてみてください。
よくある質問(FAQ)
Q. マティスはなぜ切り絵を始めたのですか?
A. 1941年の手術後、体力の低下により油絵を描くことが困難になったためです。
ベッドや車椅子の上でも制作できる手法として、助手が塗った紙をハサミで切るスタイルを確立しました。

Q. 代表作『ジャズ』のテーマは何ですか?
A. サーカスや民話、旅の記憶などがモチーフになっています。
「ジャズ」というタイトルは、音楽そのものではなく、即興的でリズミカルな作品の性質を表しています。

Q. マティスの切り絵の特徴は何ですか?
A. 最大の特徴は「色彩とデッサン(輪郭線)の同時化」です。
また、単純化されたフォルム、鮮やかな原色、そして計算された「余白」の使い方が挙げられます。

まとめ:マティスの切り絵は「自由」への到達点
マティスの切り絵は、病気という不自由な状況から生まれました。しかし、そこには悲壮感はなく、むしろ子供のような純粋な喜びと、圧倒的な「自由」が溢れています。
- ハサミで描くという新しい技法の発明
- 色と形の完全な融合
- 余白を生かした絶妙なバランス感覚
これらを知った上で作品を見ると、単なる「かわいい絵」ではなく、老巨匠が命を燃やして到達した芸術の頂点であることが分かるはずです。

うまく作るより、自分が感じたものを作ることが大事ですね。それでは次回、またお会いしましょう。
付録
マティスのように、まずは自由にハサミを動かして「色と形」を楽しんでみませんか?
初心者の方でも簡単に始められる切り絵の作り方は、こちらで解説しています。











マティスの切り絵ってどうやって生まれたんだろう?